北斗晶さんの乳癌発表について思うこと
北斗晶さんが、乳癌であると発表されました。
非常にショックを受けました。元々大ファンというわけでもないのですが、ブログを読んでちょっと泣いてしまいました。
北斗さんのブログは冷静で、淡々と周囲への謝罪と感謝が綴られていて、誠実な人柄が溢れてくるようでした(実際に会ったことはないけど)。
死への恐怖に押しつぶされそうな中、生きるということを大前提に自分の思いや感情を理路整然と語れる強さ、すごいことですよね。
その文章から、番組や視聴者、スポンサーへの自分の仕事に対する責任の強さがよく伝わってきます。
自分のことで精いっぱいなはずの時にそこまで周りに気を遣えるかと言われれば、私にはできない事だと思います。立派です。
先日、NHKスペシャルで老衰死について放送していました。
10年以上人の生死に関わるお仕事をしてきましたので、非常に興味深かったし、勉強になりました。
それを見てから、人が死ぬということをちょいちょい考えてしまうのですが。
家族に見守られながら老衰で徐々に息を引き取っていくのは、それはそれは美しい光景で。そこに携わる人みんなが、人が生まれて消えていくという自然の摂理を噛みしめて少しずつ理解していく過程は、とても静かで神々しささえ感じます。
あんな穏やかな死なら、自分に訪れても受け入れられそうな気さえしてきます。
でも、もし今この歳で死というものを突き付けられたら、そんなに穏やかに冷静でいられるのだろうか?
まだ娘二人は小学校にも入っていない。
これからどんどん大きくなって、結婚して子供も持つかもしれない。
そのどれにも寄り添えない。
残された主人はどうなるんだろう?娘二人を抱えてやっていけるのだろうか?
私を失うことは、彼の人生にとってどれほどの意味を与えるのだろうか?
どんなに穏やかでも。どんなに幸せな最期だとしても。
私はまだ死ぬわけにいかない。
せめて、子供二人を成人させる義務が私にはある。
悲観して、泣いてわめいてボロボロになろうと、私は生きなくてはならない。
人は生に対する執着を本能としてもっている。
その本能までもが老化現象によって衰退していくまで、私は生きるということに精一杯でいなくてはならないんだ。
きっと、それは北斗さんだって同じ思いだろう。子を持つ女として、彼女の気持ちを考えると胸がつぶれそうになる。
これから長く辛い戦いになるだろうけど、北斗さんには本当に頑張ってほしい。心から応援したい。
「帰ってきたよ~」とあの笑顔で言ってほしい。大丈夫。きっと、大丈夫。
このシルバーウィーク、生きることと死ぬことを考えていました。